3月27日の奇跡

──天使になって、人生をやり直すかい?

 そう、言葉が出てきたのは。

 たぶん、ボク自身がもう、後悔したくなかったから。

「……今日もそうやって、駄々をこねる気かい?」
「……」

 紅い目の少年は、一瞬だけこちらを睨んだ後、すぐにそっぽを向いてしまった。
 それに、ため息を吐いてみる。

 このやりとりは、もう六百回を越えただろうか。

 約二年前の三月二十七日。
 とある場所で少し大きめの戦争が起きて、多くの愛し子達が天へ還ってきた。

 すぐに輪廻転生へ導く子もいれば、地界へ罰を受けさせに行く子、生前での未練や後悔を晴らすために天界にしばらく残る子──。様々な愛し子にそれぞれの案内をして。

 その戦争で残ったのは、四人の少年少女だけになった。

「あとはキミ達だけだよ」
「……」

 違う空間で、翠と桜のオッドアイの少年にも言ってみるけれど。
 反応は同じ、一度ボクを見て、すぐに顔を逸らしてしまう。

「このまま何もしないでいるつもりかい?」

 問いかけには、答えない。

「天界に来た日に言っただろう? ここの期限は三年間。それを過ぎたら、大神様に連れて行かれてしまう」

 水色の少女に、オッドアイの少年の妹に。視線を合わせるようにしゃがんで言う。
 その視線が合うことがないというのは、この二年で知ってしまっているけれど。

「あと約一年。どうするか、そろそろ考え始めなよ」

 ボクだけはまっすぐに、別々の空間にいるそれぞれの少年少女に目を向けて。

 ”どうするか”、いや、”どうしたいのか”。
 彼らの気持ちは、当に知りながら。

 もう毎日のように言っているその言葉だけこぼして、うつむいている四人に寄り添うように。
 それぞれの傍に、腰を下ろした。

 少年少女には、強い未練があった。

 本人達とまともな会話はしたことないけれど。ずっと空から見ていたから、知っている。

 その日は、彼らにとってとても大切な日だった。

 出逢った日、そして、再スタートになったであろう日。

 辛い日々を少女が救い、それ以降、ずっと四人で支え合って生きていた。
 オッドアイの少年の機転によって、やっと幸せを掴んだと思ったら。
 いつだって笑顔だった、彼が愛してやまない妹に病魔が襲いかかって、また辛い日々がやってきた。

 けれど、決して諦めなかった少年によって、その日まで。
 彼らの大切な日まで、四人揃って生きていた。

 切なる願いは、今でも覚えている。

 どうか、少しでも未来を。四人で生きさせてくれないかと。

 ほんの一日だっていい。
 一秒だっていい。

 ”明日”を、四人で。笑って過ごさせてほしい。

 三月二十七日までの間、ずっとずっと聞こえていた。

 そしてそれは、今でも変わらない。

 ここへ還ってきた日にも、ボクが空間を離れている間にも、彼らは小さくこぼした。

 ”四人で生きていきたい”。

 彼らの願いは、それだけ。

 どうしたいのか、答えはもう決まっている。

 ”どうする”ができるのは、

 きっとちょっとのきっかけだけ。

 ♦

 だんだん”その日”が近づいてくると、彼はよく来る。

 ”セイレン”

 生界では夜の時間。
 相も変わらず、少年少女とは会話にもならないものを続けて。

 愛し子達の元を離れて自分だけの空間にいると、また今日もやってきた。

 すべての世界の大元であり、ボクら神の親である、大神様が。

 ”あの少年少女はお前に仇なしている”

 ボクらを愛している彼は、愛し子たちにはときに無情だ。

 ”答えが出ぬのなら、わかっているな”

 駄々をこねる愛し子がいると、そうやって抑揚のない声で告げてくる。
 暗い影のようなその人は、心配するように周りをくるくる回る。それに、ほほえんでうなずいた。

 大丈夫だよ。

「わかってる」

 アナタがボクらを愛しているから、悪い子にお仕置きするっていう気持ちも。

「……わかっているよ」

 それから守るために、ボクがするべきことも、全部。

「やぁ」
「……」

 一度こちらを見た紅い目は、またすぐに、目をそらした。

 毎日変わらない日々を三年間やってきて、逆にすごいなと思わず苦笑いがこぼれてしまう。
 笑みはそのままに、視線を合わせるようにしゃがんだ。いつものように。

 けれどいつも通りでないことが、一つだけ。

「……今日が何の日か、わかるかい」
「……」

 いつものように掛けていた言葉とは、違う。

 今日は、”三年目の三月二十七日”。

 彼らに与えられた期限が、終わる日。

「どうするか、決めたかい?」

 問いには、やはりそっぽを向いて答えない。

 かと思ったら。

 ボクが違うように、

「……このままでは、キミたちはなくなってしまうよ」

 今日は、彼らも違った。

「……いい」

 うずくまったオッドアイの少年が、小さくこぼした。

「いいの?」

 その妹は、無気力そうに、けれど固い意志を持った瞳で床を見つめて、つぶやく。

「……いいわ。なくなってしまっても」

「二度と、還ってこれないよ。大神様のところへ行ってしまったら」

 ”消滅してしまうかもしれないよ。”

 その言葉に、水色の少女が初めてボクを見た。

「…いいよ」

 そうして涙の溜まった瞳を幸せそうにゆがめて、ほほえむ。

 ”四人、一緒なら。”

「どこへだって行ってやる。二度と還ってこれなくても」

 強く握りしめた拳は、きっと生界でなら血がにじんでるんだろう。
 そっと、愛し子達の手に自分の手を重ねた。

 やっと聞けた思いに、変わらずにいた思いに、答えるように。

 そうして、問う。

「……それなら」

 ”天使になって、人生をやり直すかい?”

 驚いた表情の四人に、ほほえんだ。

 もちろん、特別扱いというわけじゃない。

 けれど、そう言葉が出てきたのは。

 たぶん、ボク自身がもう、後悔したくなかったから。

 あの三月二十七日。

 ずっと、願っていた。彼らの幸せを。

 きっと初めて、ボクら神が生界に干渉できないことを悔やんだと思う。

 もしもボクが、生界に干渉できたなら。

 戦争が起きることを教えて、少しでも遠くへ逃げさせて。彼らが望んだ”明日”を与えられたのに。

 ねぇ、愛し子達。

「大神様に盗られて罰として消滅させられるくらいなら、ボクが罰を与えるよ」

 あの日、何もしてあげられなくてごめんね。

 きっと今も、大したことはしてあげられないけど。

「未練を乗り越えるまで延々と同じ未練を繰り返す呪いを受けられるなら」

 ──キミたちに、違う明日をあげるよ。

「その姿のまま、記憶もそのまま。半永久的に生きながらえる権利をあげよう」

 そしてその”明日”は、いつか──。

 本当の思いは、胸に秘めて。

「どうする?」

 手を、差し伸ばした。

 何度か瞬きを繰り返した少年少女は、

 数刻して、笑う。

 答えなんて決まっているかのように。

 それを見て、ボクも笑った。

「キミたちに今から罰を与える」

 答えを示して重ねてきた手に、さらにボクの手を重ねて。

「罪状、神への背反。キミたちに課す罰は、”未練を乗り越えない限り、延々と同じ未練を繰り返し生きること”」

 呪いねがいを、込めていく。

「愛を伝えられなかったことを悔いる”後悔の天使”クリスティア。キミは乗り越えるまで、リアスに愛の言葉を伝えられない」
「…」

「愛しい者を守れず目の前で失った、”悲しみの天使”リアス。キミは、また何度も目の前で、彼女を失うだろう」
「……」

「自分の選択が妹の病気へ繋がった”絶望の天使”レグナ。これから先も、キミの選択で彼女を救えることはない」
「……」

「すべてを奪ったことを償いたいと願う”償いの天使”カリナ。キミは、今日のことを償うことはできないだろう」
「……」

 ──どうか、キミ達が少しでも長く。
 四人で”明日”を生きれますように──。

 言葉とは裏腹に穏やかな雰囲気の中で、そっと願いを込めて。
 少年少女を見据える。

「愛しくも哀れな天使達よ。これからキミたちの長い旅が始まる」

 準備は良いかい?
 そう聞くと、うなずいた。

 三年間で初めてまっすぐボクを見る愛し子達。

 ──あぁ。

 思わず、手は彼らに伸びていた。
 最初で最後、彼らを、強く抱きしめる。

「……」

 これから本当に、長い旅が始まるね。

 乗り越えるまで。この旅の意味を知り、受け入れるまで。

 何度も、心を折られ、絶望の淵に落とされるだろう。

 それでも。

「じゃあ、始めようか」

 ”いつか”を変えられるその日まで、諦めないで。

「ボクの愛しい愛しい天使達」

 ねぇ、どうか。

「また逢う日まで」

 悲しかったキミたちの日々に、幸あらんことを。

『3月27日の奇跡』/セイレン

過去頒布した本編の特典のweb再録