この夏の日々は、きっとまた一瞬で

 夏休みも中盤へとさしかかった八月十四日。まだまだ暑い日が続き、正直ゆっくりとしていたい中。

「……毎度の事だが山に篭もりにでも行くのか?」

 蝉のビーストが主に求愛をするために鳴く外での第一声はそれしか出なかった。

 だってそうだろう?

 ゴールデンウィークの時よりも多い荷物の量を見れば誰だってそう言いたくもなるじゃないか。
 

 けれど。

「毎度のことですが泊まりに行くんですよ、今回は海際に」
「これでも減らしたんだよ?」

 この双子はあっけらかんとしてそう宣う。どこが減らしたんだどこが。

「前回より増えているじゃないか……」

 広めの車のトランクいっぱいに積まれた荷物を見て、溜息を吐く。俺とクリスティアは一つずつの鞄で済んだのに何故こいつらは毎度のごとく荷物が多いのか。

「洗濯もできるしアメニティもあると言っていただろう」

 ひとまず暑さに弱いクリスティアを外に出し続けるのはよろしくないので、真っ黒いリムジンにクリスティアを乗せ、後を追うように俺も車に乗り込む。双子も向かい合うように座り全員でシートベルトを着け、車が走り出し一息着いたところで、束の間の休みにそうメサージュを寄越していたカリナが頷いた。

「言いましたね確かに」
「なら何故この荷物の量になるんだ?」
「双子で六個くらいあるね…」
「四つはカリナだよ」
「それでもお前も二つあるのか……」
「一応天気とか何があるかわかんないし?」
「夜はお部屋で過ごすでしょうから。暇つぶしのものを少々」

 少々どころの量じゃねぇよ。

「また面倒なものを持ってきたりしていないよな?」
「当然ですわ。今回のメインは海やプールですもの」

 まぁそうか。

 ──そうか?

 おい待て。

「なに、持ってきたの…?」
「とりあえず無難にトランプとかかなぁ」
「中身は今どうでもいい、カリナ」
「はいな」
「海とはどういうことだ」

 突然聞かされた新しい予定に、少々身を乗り出して斜め前の女に聞くと、手を合わせ人が見れば大層可愛らしい笑顔で言った。

「目の前に素敵な海があるんですよ。せっかくならば行こうかと」

 俺にとっては悪魔の笑みでしかない。
 しかし俺の却下の言葉を数十日も前に予測している女の方が一枚上手で。

「きちんと調べていますわ」

 そう、自信満々に言葉を紡ぐ。

「お義父様の所有するホテルなんですけれども、利用者のマナーも良く、海に住んでいらっしゃるビーストからも好評価だそうです」
「お前が無理矢理好評価に書き換えたのではなく?」
「失礼ですね、きちんとお義父様伝手に聞いたものですわ」

 本当かとレグナを見れば、にっこりと笑って頷く。これは本物の笑みか。

「昔は一時的にと解放していた海ですが、そういったマナーの良さが良い方向に行きましてですね」
「海、はいっていい…?」
「そういうことです。もちろん浅瀬の限られた範囲内になりますが」

 その限られた範囲と言われても。

 隣に座る恋人の雰囲気が、ぱぁっと明るいものに変わったのがすぐにわかった。

 あぁだめだと、今回も悟る。

「というわけでリアス」
「わかった、もういい、何も言うな」
「日々束縛が緩和傾向に行っているようで何よりです」

 強制的に緩和させているのの間違いではないのかというのはぐっと抑えておいて。

「……他に俺に隠しているようなことは?」

 そう、聞けば。カリナは自分の隣に置いてあるハンドバッグから女らしい花柄の手帳を出す。
 そうして、八月のページを開き、俺に差しだし告げた。

「我々もばたばたでしたので旅行の大まかな予定がつい昨日決まりました」

 行き当たりばったりな旅行になる気しかしない。

 手帳をひったくるように受け取り、本日から六泊七日という長い旅行の予定を見てみると。

 十四日、移動。
 十五日、プール。
 十六or十七日、海、違う日にプール。
 十八日、未定。
 十九日、未定。
 二十日、帰宅。

 おい水の割合多すぎないか。

「水辺、多いね…」
「その海のところ、初日以外はある意味未定ということで。近場に何があるかとか何がどうできるかというのは行ってみないとわからないこともあったので」
「さすがに十九日まで水関連はきついよねってことでそこは正直に未定にしといた」

 そこで正直になるなら他の日も未定と書いて良かったんじゃないか。行き当たりばったりの方がまだましな気がするんだが。そうは思いつつも、

「今回少し準備不足が出たのは申し訳ありませんわ。ひとまずホテルについては周りを探索してから詳細な日程を決めましょう?」
「……あぁ」

 帰省に上級生との予定。ただでさえばたばたな状況でここまでしてくれたことに、あまり強くは言えず。頷いて、手帳を返した。

「それでは、今回はせっかく移動もできるということで、旅の醍醐味に何か遊びましょう」

 そしてすぐに申し訳なさそうな顔から切り替わるこの女に毎回絆される自分をとても殴りたい。

「もうカリナに抗うの諦めたらリアス」
「心を読まないでくれ」

 読まなくてもわかるなんて顔をするな。あぁ俺もしてるのか。

 自分に呆れつつ。

 うきうきとでかいバッグからトランプやらカードゲームを出す女子組を見て。
 これは絆されない方がおかしいんじゃないかと、溜息を吐いた。

 そうして約二時間の車移動を経て、隣町の海に近い静かな場所へやってきたわけだが。

「リアス大丈夫?」
「……」

 あまり来ない場所への旅ということで、何があるかわからず常に気を張っていた俺は見事に車に酔っている。初めて行く場所にテレポートが使いづらいことを心底恨むわ。

「吐きそ…?」
「いや、そこまでは……」

 ただ動くときつい。足に肘をつき、うなだれるように息を吐く。

「とりあえず荷物は我々双子と執事で運びましょうか。少し落ち着いたら気分転換がてら外の探索に参りましょう?」
「外の空気吸えば楽になるよ」
「……あぁ……」

 我ながら情けないと思いつつ、これ以上の醜態は晒したくないので素直に頷けば、レグナが窓を開けてから荷物を出しに出て行った。続くように、カリナと運転席にいた執事も出て行く。

 少しだけ潮の匂いが混ざった外の空気に、ほんの少しだけすっと胸が軽くなった。

「横、なる…?」
「……」
「下ばっかり向くの、あんまよくない…」

 ひやりと首元にやってきた体温が心地良い。

 それに甘えるかのように、ゆっくりと体を倒して。

 クリスティアの膝に、頭を預けた。先ほどよりも広い面積で感じる冷たさが酔いをさましていく。

「へーき…?」

 見上げた蒼い瞳は、心配そうな色をにじませていた。伸ばされた手も、申し訳なさそうに額にそっと触れてくる。
 恐らく、自分が出かけたいと言ったからこうなっていると思っているんだろう。

 そんな顔をさせたいわけではないのに。

 ゆっくり、手を伸ばして。

 頬へと触れる。

「……平気だ。慣れていないだけで」

 きっといつの日か、慣れるから。

 だから、

「そんな顔をするな」
「…」

 悲しそうな、”また”、もう言わないというような、そんな顔を。

 せめて許したときだけは、いつものように無邪気に笑っていてほしい。
 その笑顔を、俺の情けなさでこうして崩しているのだけれど。

「クリスティア」
「…ん」

 本音は隠して、そっと微笑んでやれば。

 彼女はつられるように笑みを見せる。それに、ほっと息を吐いたところで。

「そろそろお邪魔してよろしいかしら」
「「!!」」

 申し訳なさそうな、気まずそうな声に、思わず飛び起きた。
 ぎりぎりで頭を打たなかった車の中から見えた外には、声と同じくらい気まずそうな双子。

「甘い雰囲気を出すのは結構なんですけれども」
「執事が帰るに帰れなくなってるんで、せめて部屋でやってくんない?」

 レグナが指さす方向を見やると、双子よりも居たたまれないと言ったようなカリナの執事。一気に罪悪感と羞恥が押し寄せた。

「……悪い」
「とりあえず、その様子ですと体調は幾分か回復したようですわね」
「軽く外歩く?」
「そうする」

 これ以上執事に申し訳ないことをしたくもないし。
 クリスティアのおかげはもちろん、驚きもあって比較的楽になった体を動かし、車を出て。最後に降りるクリスティアへ、手を伸ばす。

「助かった、ありがとうクリスティア」
「ん…」

 恋人はそっと俺の手に自分のを重ねた。緩く引っ張るようにしてやれば、地面へと足をおろす。

「さながらお姫様と王子のようですねリアス様とクリスティアお嬢様は……」

 執事から聞こえる感嘆の声はなかったことにして。

「ここまで送ってくれて礼を言う」
「とんでもございません。お役に立ててなによりです」

 恭しく頭を下げる執事に再度礼を言って。

「それではまた最終日にお迎えに上がります」
「えぇ、お願いしますわ」
「何かありましたらご連絡を」
「了解。帰り道気をつけて」
「ばいばい…」

 それぞれ掛ける言葉に再び頭を下げてから車に乗り込み、去って行く執事を見送る。

 その車が見えなくなってから。

「では緩く探索に参りましょうか」

 カリナの声に、ホテル周辺探索へと足を進めた。

 進めたんだが。

 散歩にしては少々長い二時間の探索を終え、出てきた言葉は。

「見事に海と山ばかりじゃないか」
「そこが売りですもの」

 絶対すべてを知っていただろうこの女。

 今回世話になるのは、比較的大きい愛原家所有のホテル。見渡す限りでは自然に囲まれ、コンビニやスーパーなどは視認できない。手近にあるのは自販機と、現在は無人の海の家。ホテルの裏には俺達が通ってきた道路もあるが、探索中ほとんど車通りもなく。俺としてはありがたいことに静かな場所である。

 たしかにありがたい。

 ただなカリナ。

「お前の情報網ならば探索をしなくとも何がどうできるなんてわかるくらいの何もなさじゃないか」
「リアス、時には記載されているものと実際に見るとでは変わってることがありましてよ」
「ちなみにカリナさん、今回変わってるとこは?」
「まったくもってありませんでしたね」

 そろそろ一度頭を叩いてもいいだろうか。

 見渡す限り自然と海、そして岩。二時間かけて探索をする意味は果たしてあったのか。

「けれど良い気分転換にはなったでしょう? 酔いも完全に覚めたじゃないですか」
「それはそうだが……」
「あなたの場合口で言っても半信半疑な面があるので実際に見せた方が早いでしょうよ」

 ぐうの音も出ない。

「クリスだって久々に自然に触れて楽しかったですよねー」
「ん…」

 そしてクリスティアの嬉しそうな声を聞いてしまえばさらに声を発するなどできるはずもなく。

 見かねた親友が、どこぞのメッシュよろしく肩に体重を掛けて告げる。

「……いつも通りだねリアス」

 さっさと反論を諦めろと。

 から笑いしか出ねぇわ。

 ただまぁカリナの言うように車酔いも覚めたし、周りに危険がないと自分でも確認もできたし、文句は言えまい。

「……感謝はする」
「普段からもう少しそうやって素直になりなさいな」
「癪なんだよお前に簡単に謝ったり礼を言うのが」
「まー! クリスティアが楽しめるようにたくさん根回──配慮をしていますのに!」

 こいつ今さりげなく根回しと言わなかったか。

「裏で何をしているんだお前は……」
「大丈夫です、きちんと我が家の管理下にあるものでやっていますから」

 何をというのは聞いてもいいんだろうか。
 しかしそれを発する直前に、目の前の女が話を切り替える。

「では周りの探索もできたということで、本日はこのままホテルに戻りゆったりして、明日からたくさん遊びましょう?」
「さんせー…」

 あぁ結局こうやってうまい具合に話の方向を変えられていくのかと学びはするも、別にいつものことかと長年の付き合いで諦め。先を歩く女子組を追うように、苦笑いのレグナと歩き出す。

「ではクリス、一緒にお風呂にでも入りましょう!」
「おいそれは却下だからな」
「そういえばこのホテル大浴場なかったっけ」
「混浴、できるの…?」
「えぇ、普段ならばお金を払えば。貸し切りで混浴にもできたはずですわ」
「プールもだけど展望付きってことで予約が絶えないらしいよ」
「お風呂で展望…ロマンチック…」

 恐らくお前が考えているようなロマンチックなことはないとは思うがそこは伏せておき。
 どうせこのまま強行されるんだろうと黙していれば、今回は予想外にカリナが声を上げた。

「は!! 混浴はだめですわ!」
「ゴールデンウィークのときに水着ならって言ってたじゃん」
「今日はだめです!」

 何故、と歩きながらカリナを見ると、焦った顔で首を横に振る。

「水着で入ったらクリスティアのバスタオル姿が見れません!!」

 この女そろそろ大丈夫なんだろうか。

「由々しき事態なんですリアス」
「くだらない事態としか思えないんだが」
「仮にあなたとクリスティアで大浴場に行くとしても、あなたの盗撮はしたいとは思わないんですよ」
「わたしの盗撮もしてほしくはないんだけど…?」
「さすがに事故であっても男性のお風呂姿を盗撮してしまっては犯罪でしょう?」
「ごめんカリナ、同性でも犯罪だと思うんだ」
「親友ですから大丈夫です」

 なんなんだお前のその親友という言葉に対する絶対的な信頼は。

「それにリアス」
「何だ」
「あなただって写真に収めておきたいでしょう? 貴重なバスタオル姿」

 喉がぐっとなって言葉に詰まったのはどうか見逃してほしい。

 しかしめざとい双子が見逃すはずもなく。さっと隣の親友が俺を裏切る。

「クリスー、中に売店あるらしいからお菓子買いに行こっか」
「! ♪、行く…!」
「レグナ待て」

 伸ばした手はむなしく、親友には届かず。

 そっと、その妹が俺の手を取った。

「二人っきりですねリアス、さぁお話ししましょう?」

 オッドアイの瞳は逃がさないと物語っている。

「……」

 結局強行してくるカリナが悪いのか。

 それとも、男の欲に負ける情けない俺が悪いのか。

 どっちみち、今回もいつも通りだなと。

 目の前の女が歩きながらするプレゼンを聞きながら、深い深い溜息を吐いた。

『また、長くてあっという間な日々が始まる』/リアス


 おっきな鏡に映る自分が、変わってく。

「最高です」
「そ…」

 痛くないようにやさしく、だけどしっかり、リアス様色の紅いシュシュで二つにゆわれた髪。

「めちゃくちゃ可愛いですクリスティア」
「うん…」

 真っ白のふわふわな水着が、取れないか最終確認で引っ張られる。

 女の子なら、変わってく自分にテンションが上がってくはずなのに。

「一度抱きしめさせてください」
「なんで…?」

 親友がちょっと気持ち悪くて鏡に映る自分の顔はいつも以上に無表情なのはどうしてくれるの。

 旅行二日目。今日は、元々予定になってたプールの日。ホテルの中にあるんですよってカリナが案内してくれたのは、遊園地みたいにいろんなのがあるおっきなプール。四人しかいないし、ってことで最初に私服のまま中を見せてもらったら、流れるプールにスライダー、ふつうの競泳用、ほかにも子供のところとか、ほんとにここ海を推してるのってくらい豪華だった。

 そしてプールに入るのだから当然のごとく水着着替えましょと、男女で分かれて更衣室で着替えていたんですけれども。
 親友がお手伝いしてくださったんですけれども。

 うっとりっていうかこうえつ、みたいな顔してて割と心配。

「カリナ顔やばい…」
「こんなにかわいいんだもの、当然じゃないですか」

 鼻押さえちゃったよ。え、なに鼻血でも出すの??

「カリナ鼻血はさすがに引く…」
「大丈夫です抑えられます」
「出そうと思えば出せるわけだ…?」
「たぶん」

 現代になるにつれてカリナがすごい道外れてってる気がする。

「今だけあの男に感謝します…」
「そ…どうでもいいけど鼻血出したらそのかわいいピンクの水着に赤い血しぶき模様ついちゃうよ…」
「そんな悲惨な出し方はしないです、流すだけ」
「汗とか水ならその谷間に流れて最高なのにね…」

 ホルターネックのおかげですごいきれいに谷間できてる。そんなとこに汗流れたらエロくて最高だと思うんだ。

 あれこれわたしもカリナと目線一緒では??

「クリス」
「はぁい」
「お胸のない子の谷間に流れる水も最高だと思うんですよ」
「どうしてカリナはこういつもいつも最高な類友なの…」

 自分がいざなると最高に悲しいやつだけれども。どうしても同意せざるを得ない。
 親指を立てたら笑顔で立て返してくれる親友に笑って。

 ふっと、一緒に息を吐く。
 カリナはにっこり、わたしはいつもの無表情で。

「では最高な親友で類友であることを再確認できたところで」
「行こっか…」

 お互い満足したところで、男子が待っているであろうプールに向かった。

「お、来た来た」
「遅かったな」

 軽くシャワーを浴びて滑らないようにして出たすぐには、浮き輪を持って、青い花が咲いた白の水着を着たレグナと、黒にオレンジのラインが入った水着を着たリアス様。
 わたしを見た瞬間に、リアス様は手を広げながらこっちに来る。

 もちろん「その格好かわいいな抱きしめさせてくれ」なんて理由じゃなく。

「…へーき」
「滑ったら困る」

 過保護で抱っこするっていう理由です。

「…たまには、格好がかわいいから抱きしめさせてくれって感じで来てくれてもいいと思うの…」
「お前が可愛いのはいつものことだろう」
「今顔の話じゃなくて格好の話…」
「水着を着ようが着まいが可愛いものは可愛いんじゃないか?」

 この返答絶対女子にモテないやつじゃん。なんでこの人あんなモテてたの。

 顔か。

「顔だけむだにいいとこうなるの…」
「お前今最高に失礼なこと言っているのわかっているか」
「ちゃんと言葉でもつなぎとめないとだめですよリアス」

 というわけで、

「レグナ…」
「んー?」
「お手本…」

 ゆったりプールの方に歩いて行きながらレグナに言えば、じっとわたしを見て、笑う。

「いつもと違って可愛いよね。水着ってやっぱ新鮮」

 これだよこれ。

「髪も中々ツインテールとかしないし、普段見れないからいいんじゃないの」

 あ、褒めの神がいらっしゃる。

「…リアス様これだよ…」
「元が可愛いなら何をしても可愛いだろう……」
「女性はそれだけでは物足りないこともあるんですよ」

 すごい、リアス様「理解できねー」ってめっちゃ顔で言ってる。

「その点言葉がすんなり出るレグナは絶対女の子からモテる…」
「おっとそれはモテたことがない俺への嫌みかな?」
「あなたはモテないんじゃなくてモテている自覚がないんですよ」
「お前も結構女寄って来るもんな」
「だからあれは機嫌取りとかリアス目当てだって」

 毎回これ聞くと「嘘でしょ?」って思うけれど。

「…すべてはリアス様の顔が良すぎるせいだね…」
「好きでこの顔に生まれたわけじゃないからな」
「リアスそれ全国の男から恨み買うやつ」
「よくまぁ今の今まで無事に生きてこれましたね」
「愛するヒーローが守ってくれるからな」

 なんて、愛おしげにすりよられてしまったらきゅんとしてしまうわけで。
 照れて、ぎゅっとそのまま首に抱きつく。

「イケメンは罪…」
「あらあら罪人には警察呼んであげましょうか?」
「もれなくお前も連れて行ってやるよ盗撮犯め」

 あまりのきれいな流れにレグナと一緒に笑いそうになりながら。

 ひとまず、流れるプールへ。

「入るぞ」
「んー」

 変わらず抱っこされながら、先にリアス様から水の中に入ってく。カリナとレグナが続くように入ってきて、少しずつリアス様も水に浸かっていった頃。

「…きもち」

 足に、冷たい感触。
 そのままゆっくり、冷たいのが上に上がってきた。

「クリスー浮き輪」
「はぁい…」

 胸くらいまで水が来たところで、レグナから浮き輪を渡される。別になくても泳げるけれど。もれなく過保護な恋人様がおぼれるおぼれないではらはらしてしまうので、もらったそれを頭からかぶる。
 そこで、やっとリアス様の手が離れていった。

 ゆったり流されるプールに、身を任せる。

「…♪」
「気持ちいいですねぇ」
「もぐりたーい…」
「死ぬよリアスが」
「間接的にな」

 さすがに殺したくはないので、そのままぷかぷか浮いて流れてく。

 冷たくて、きもちくて。
 少しだけ揺れるのも心地よくて。

「ねむくなる…」
「お前だけだぞ」
「きもちくない…? 水の中すごいここちいい…」
「昔の水女様もあながち間違いではないんじゃないですか」
「あがめたまえー…」

 なんて、今では笑い話になった名前に、四人で笑ってから。

「さて」

 カリナが、少し前を行きながらわたしたちを見る。

「今回プールがメインですね」
「そだね…」
「プールと言えば何があります?」

 カリナの質問に首をかしげながら、とりあえず一人ずつ。

「…今の流れるプール…」
「スライダーかな」
「波のプールもあるな」
「そうですわよね」

 にっこり笑って、紡ぐ。

「では流れるプール以外のギミックないプールを除いて、リアスが安心して遊べるものってなんでしょう?」

 言われた瞬間、全員で止まってしまった。

「ウォータースライダーは…」
「高さあるし水にばっしゃーんってなるからだめじゃん?」
「波のプールも波が高くなったらきついな」
「そうなんですよ」

 うなずくわりには、自信満々って顔のカリナに、やっぱりみんな首を傾げる。

 そんなわたしたちに、いつもみたいにかわいく笑って、

「だからですね」

 重ねた両手をほっぺにそえて。

「作ってもらったんです、安全なスライダーと波のプールを」

 すっごいとんでもないこと言っちゃったよ。

 なんて??

「カリナ、わんもあ…」
「作ってもらったんです」

 作って? もらった?

 え、なにそれちょっと意味わかんない。

 ちょっと後ろを流れてるリアス様を思わず見上げたら。

「「……」」

 すごいよ見てカリナ、リアス様がレグナと揃って「ついにこいつやりおった」って顔してるよ。見えてないよねカリナ、すっごいきらきらした顔で続き話そうとしてるもんね。

「あ、もちろんこのために作ってもらったわけじゃないんですよ?」
「嘘じゃん絶対」
「こればっかりは本当です」
「どればかりが嘘なんだよ逆にお前は」

 なんて言うリアス様はいつものようにスルーして。

「元々本当に新しいものを作る予定があったんですよ、この話が持ち上がった頃に」
「カリナさんずいぶんタイミング良くない?」
「本当ですってば」

 ごめんカリナちょっと信用できない。みんなの疑いの目にいったんカリナは咳払い。でも笑みはそのまま。

「ここのスライダーが特にちょっと特殊なんですよ」
「特殊…?」
「私も話が持ち上がってからも下見などができていないので、お義父様からもらったパンフレットやレビュー頼りなんですけれどね」

 言いながら、指をさす。その方向は、ここからでもおっきく見えるスライダー。

「あのスライダー、名称が”恐怖の絶叫スライダー!”という名称でして」

 なにそのリアス様が死にそうなやつ。

「名称の通り、どちらかというと絶叫系で、かなり大きく長く作られているんですよ」
「あーーもしかして一回見せてきたあれ? 動画のやつ?」
「そうですそうです」

 なぁに、ってレグナを見たら、困ったように笑って。

「なんだっけな、滑るだけのはずのスライダーにローラーみたいなのつけて、上に上がれるようにしたやつ。ジェットコースターみたいな」

 もっとリアス様死にそうじゃん。

「そして波のプールもどちらかというと結構本気で波がやってくるタイプでして」
「ここのオーナーは人を殺したいのか?」
「そういうわけではないんですけれどもね?」

 そういうわけじゃないだろうけど聞くだけだと絶対殺しに来てる。
 だんだん不安になってく空気の中で、カリナだけが明るく、「それでですね」って笑った。

「そのアトラクションにもなってるものたち、確かに人気なんですけれども。お年寄りやお子さまには少々危ないのではというのが会社の中で上がってはいたそうなんですよ」
「それがちょうどゴールデンウイークあたりだと?」
「あ、話自体は去年の秋頃ですね。わたしが聞いたのは新しいの建設するよというお話です」
「そしてカリナが全部決めたってオチ?」
「あらあらさすがお兄さま」

 嘘じゃん嘘って言ってよカリナ。娘どんだけ強い権力持ってるの。

「正確には」
「悪いお前のその正確にはがだいぶ信じられない」
「失礼ですね」
「普段の行いの結果でしょ」
「全力で遊べるようにしたのに無碍にしようとしているあなた方には是非お二人で絶叫スライダーを乗ってきていただきたいです」

 黙った男子組に「よろしい」って笑って。

「お義父様たちからは完全に子供に見える私にいろいろ意見を聞きたいとのことで、それで案を出したんですよ」
「おもにわたしが遊べるように…?」
「基準としてはベストでしょう? あなたの傍には親と言って良いほど過保護な男がいるんだから」
「リアス様はモンスターペアレント並だから絶対参考になんないでしょ…」
「お前後で覚えてろよ」

 やっべすごい隣から殺気感じる。
 気持ちかったはずの水が冷たく感じてきて、カリナに「それで?」って逃げるようにうながした。
 未だにちょっと殺気は感じるけど知らないフリ。

「その安全なの、できたの…?」
「えぇ、旅行先はここですし、なんならレビューをしますわと言ったら急ピッチで」
「カリナさん実際の建設予定日は?」
「お兄さま、世の中には知らない方が幸せということもありましてよ」

 ねぇ愛原家そろそろ破産とかしない? 大丈夫?

 なんて念がこもったみんなの目は、「行ってみましょうか」ってカリナに華麗にスルーされました。

「…ちっちゃい…」
「比べるからですよ」

 それから。
 またリアス様に抱えられて歩くことちょっと。カリナが指さしたおっきいウォータースライダーを横切ってって、たどり着いたのは子供用コーナー。
 プールは、隣に競泳用があるから妙にちっちゃく見えて。

 目の前にそびえ立ってるはずのウォータースライダーも、心なしか小さい。

「子供でも安心して乗れる仕様にしてもらったんですよ?」
「リアスでも安心して楽しめるようにじゃなく?」
「正確にはリアスが不安にならない程度にクリスティアが楽しめるようにです」

 そこ間違えないでください、ってカリナの目が地味に怖い。
 どんだけいやなのリアス様のためって言うの。

 何千年経ってもそこだけは変わらない親友に首をかしげてる間に、当の本人は「いいですか」って口を開いた。

 れっつプレゼンタイム。

「きっとリアスは勢いよくばしゃんがだめだと思ったんですよ」
「まぁあながち間違えではないな」
「その勢いよくばしゃんと行くのは高さと、そしてその高さからスライダーで降りてくることによって早くなるスピードが原因でしょう?」
「スライダーもものによっちゃ角度えぐいのあるよね」
「そうなんですよ」

 ですから、と、にっこり笑って。

「原因となる高さを極限まで低くし、角度もかなり緩やかにとお願いいたしました」

 カリナ、愛原家で最高権限者なの??
 見てよリアス様の顔、「お前どんだけだよ」って顔してるよ??

 でもカリナはわかってるのかいないのか、気にせず続けてく。

「そしてですね」
「まだあるのか」
「当然ですよ。あなたどうせ”一人でやらせるのは無理だ”とか言うでしょう?」
「お前そろそろ読心術でも体得しているのか?」
「あなたの思考はよくわかるんですよ」

 好みも思考も似てるからでしょってレグナからそっとこぼれた言葉は聞かなかったことにしとこ。

「話を戻しますけれども。そんな過保護で心配性なリアスのためにこちらも用意してもらいました」

 そう言って、カリナは手招きする。
 行った先は、ウォータースライダーの裏側。上に上る階段がある近くに──

「よくあるでしょう? 二人乗り用ボートです」

 どんだけ用意周到なのカリナ。どうりで高さはないくせにスライダーの幅広いと思ったよ。

「あなたも乗れるので安心でしょう」
「まぁ、な……」

 見てこの苦笑い。

「一応衝撃や水しぶき防止用に透明なビニールとかで膜を、とも思ったんですけれど……角度も緩いし大丈夫でしょうということと」
「予算が足りなかった?」
「いえ、提案をしたら義父に”何故水辺に行くんだい……?”と本当にわけのわからない顔をされたのでこれはまずいとやめておきました」

 というわけで、って切り替えるように両手を合わせて笑うカリナ。

「これであなたも思う存分クリスティアと思い出作れるでしょう?」
「……」
「楽しみましょうね」

 なんて笑うカリナに、もちろんリアス様はなにも言えるはずがなく。

 おっきなため息だけついて、二人乗り用ボートを手に取った。

「ではまずは私とレグナで行きましょうね」

 ペアで一個ずつボートを持って、高いような高くないようなスライダーのてっぺんへ。リアス様からやっと降ろしてもらって、みんなの声を聞きながらなんとなく下見たり、ボートを見たり。

「この年で妹とウォータースライダーとか……」
「お前毎回年齢がとか言う割にしっかり楽しむじゃないか」
「なんだろうね、直前までは”えぇ……?”ってなる」
「かわいい妹とこの年になってもウォータースライダー乗れるとか最高じゃないですか」
「かわいい妹なのは認めるけどどんだけ自分に自信あんのカリナさん」

 笑って、レグナから先にボートに乗る。後ろ側に乗ったレグナの手前にはカリナが。

「押した方がいいのか?」
「わたし、やる…?」
「あ、押すならリアスで」
「いくらカーブが緩いとは言えど我々まだ死にたくないので」

 双子そろって思いっきり押してやろうかちくしょうめ。

 ほっぺを膨らませた空気はリアス様に抜かれる。すねたようにリアス様に抱きついて、足で押そうとしてるのを見守った。

「行くぞ」
「はいな」
「いいよー」

 声をかけて、ゆっくりボートの端を押す。そのまま前に進んでいって。

「行ってきますわー」
「はぁい…」

 カリナのそんな声を最後に、二人はウォータースライダーで下に流れてった。

 なんか、ゆーったりと。
 水に流れて、ゆったり…ゆったり…?

 ちがうこれはあれだ。

「どんぶらこ…」
「桃太郎か……」

 そのくらいゆったりゆったり、下に流れてく。ウォータースライダーってびゃーって行って、もうすぐはい次ってイメージだけど。

 うん、まだ半分も行ってない。

「…下に洗濯行った方がいい…?」
「刈る芝がないな」
「クリスー!」

 なんてしゃべってたらまだ流れてる途中のカリナから声が。

「なに…? 無事生まれた…?」
「待ってください何の話ですか」
「桃太郎のようだなと」
「それ言われたらもうお前ら来るときそうとしか見えないからやめて」

 わたしたちもすでにそうにしか見えない。

 じゃなくって。

「そういえばなに…?」

 ちょっとだけ声を張り上げて、やっと三分の二くらいのところまで行ったカリナから。

「あ、そうですそうです。スライダーなんですけれどもー」
「ん…」

「安全なので降りてきて良いですよー」

 旅行で来たアトラクションの感想が”楽しい”じゃなくて”安全”が先に出るのはこれいかに。

 過保護様がいらっしゃるのでわかるんだけれども。

「なんかこう、旅行っていうより安全確認の実験みたい…」
「大変申し訳なくは思う」

 あ、これ絶対「だが後悔はしていない」って思ってるやつ。知ってたけども。

 カリナが降りてきて良いよって言ったので、リアス様が置いたボートに足を入れる。

「わたしどっち乗っていい…?」
「どちらでも」
「前…」
「どうぞ」
「いいの…?」

 すんなりオッケーが出たことに、思わず聞いてしまう。そしたら、リアス様はうなずいて。

 指をさす。

 見た先には、

「あれだけ静かなら平気だろうと」

 スライダーが終わってプールにぷかぷか浮いてる双子。

 待って水に着地する音した???

「いつの間に…」
「ちょうどお前が前に乗ると言ったところらへんに。緩い水しぶきが上がる程度だからどちらでもいい」
「そう…」

 これほんとに楽しいかな。カリナのお義父さんの「なんで水辺…?」って気持ちわかるかもしれない。

 とりあえずお許しは出たので前側に乗って、取っ手をつかむ。

 後ろ側がぐって沈んで、リアス様が乗ったのがわかった。

 そうして、あったかい手が、わたしのおなかに回る。

 おなかに回る?

 あ、そこ取っ手じゃないです。

「リアス様、そこわたしのおなか…」
「知っているが」
「取っ手つかまないの…? 後ろにもあるでしょ…?」
「流れが緩いとは言え万が一というのもあるだろう」

 ”お前と触れあっていたいから”とか出たなら最高だったのに。

「思わぬとこでは甘い言葉言うくせになんで王道なとこでは出ないの…?」
「わけわからんこと言っていないで行くぞ」

 わたしの方がわけわかんないわ。
 どうせ言っても無駄なのは知っているので、うなずく。

 そうしたら、ゆっくり前進して。

「…」
「……」

 それはもうゆーったりと、スライダーが始まりました。

「降りる方のエスカレーターみたい…」
「あぁ……納得する」

 こう、なんだろう。きゃーもわーも特に起きないゆったりさ。
 前は延々と水。

 ボート流すために流れてる水が飛んできてちょっと冷たい。

 周りを見たら、ガラス張りになってる壁の先に海。

「すごい優雅な気分にはなれるスライダーかもしれない…」
「結構じゃないか」

 三分の一くらいのところ。五メートルって少し低いけど、こんなにゆったり流れてるなら低いって感じない。
 むかーしむかしに乗ったジェットコースターとかみたいに余裕がなくなるわけでもないし。

「お気には召したか」
「ん…安全で優雅で楽しいかも…」

 そうか、って言うリアス様の声も落ち着いてる。これなら何回乗ってもいいかも。

 なんならずっと景色見てたいな。

「…ねぇ」
「うん?」
「景色見てたいから横向いていい…?」

 聞いたら、すぐにぐいって引っ張られる。これはオッケーということか。

 支えられながら横を向かされて、正面には広がる海。

「片側で良いから取っ手は持っていろ」
「はぁい…」

 そして横には彼氏様。

 これはいい。カリナ良いレビュー書けそう。

 なんて思ったのは、このときだけだった。

「ねぇ、あっちきれい──」

 テンションも上がってきたのも束の間。
 きれいだよって、リアス様にも景色を見せたくて。

 さっきまで後ろだったから見えなかったリアス様の方を、向いたら。

「…」
「ん?」

 なんということでしょう、何故か色っぽいリアス様がいらっしゃる。

 あ、変な意味じゃなくて、怖い意味じゃなくて。

 お風呂で見慣れてるはずの、濡れて少ししっとりした髪。

 飛んでくる水滴が流れてく、きれいな体。

 ガラス張りのせいで光が入って、いつもよりきらきらして見える、大好きな顔。

 あ、このスライダーやばいのでは??

「どうした」

 いきなり止まって聞こえてくる声も、いろんな補正が掛かって妙に甘く聞こえる。

「むり…」
「何が」
「しぬ…」
「は??」

 待ってくださいそんなイケメンな顔でのぞき込んでこようとしないで。

「むり死ぬ」
「おい後ろに下がるな」
「下がらないからそれ以上近づかないで…」
「いきなりどうしたお前……」

 だめって言ってるのに、リアス様はわたしの腰を引き寄せる。
 待って待って身長的にあなたの首やら肩やらそこらへんが近くなるんです。

 そんな今ちょっといろっぽい姿がお近づきになられたら死んでしまう。

「クリスティア」

 やめて甘い声で呼ばないで。

「顔が赤いんだが」

 あなたのせいです。

「クリス」
「まって、むり」
「なにが」
「りあすがいけめんすぎてむり」
「お前本当にどうした大丈夫かいろんな意味で」

 無理かもしれない。

 どうしても見てられなくて、目をそらした先は、スライダーの残りの長さ。

 ねぇあと半分弱もあるの??

 このイケメンともうしばらく密着してろと??

 無理すぎるでしょ。

「このスライダーやばい…」
「俺はお前がやばい気がするんだが。とりあえずもう少しこっちに来い、危ない」

 え、むしろ近づくとわたしの心臓が危ない。

「むり」
「無理じゃない」
「かっこよすぎるの」
「光栄だがそれとこれとは話が違う」
「これだからイケメンは罪なんだってば…」
「おいあまり動くな」

 だんだん熱くなってる体。リアス様の手がいつもはあったかいのに、ぬるく感じる。

「、りあす」
「いい加減にしろ」
「!」

 むりって言ってるのにリアス様は聞いてくれなくて、思いっきり引き寄せられた。

 ぐいって引っ張られて、リアス様の足の上に座る。

 いつもは見上げる顔を、見下ろす形になって。

 濡れた水の中で光る、宝石みたいな紅い瞳に、射抜かれてしまった。

「…っ」
「……ちゃんといい子にしていろ」

 水しぶきが飛んできて、リアス様の肌に、水滴ができる。
 それが、きれいに体を流れていって。

 ほっぺとか肩に残った水滴は、ガラス張りの窓から入る光できらきら光る。

 景色も、リアス様もきれいなのに。

 じっと、わたしだけを見る瞳。

 吸い込まれていってしまいそうな、そんな紅。

 ──あぁ、今なら。

「…かも」
「ん?」

 ほっぺに手を、添えて。

「ぃ、今なら…」

 思わず、声が、こぼれてく。

「したい、かも…」

 あなたと。

「き、キス、が…」

 紅い目が、ゆっくり開いてく。

 この吸い込まれていくようなのに任せて、触れあいたいと思ってしまうのは。

 ちょっとした、夏の魔法だからでしょうか。

 どきどきする。
 できたりするのかな。

 でも、もう終わっちゃうかも。

 リアス様は?

「……クリスティア」
「…」

 甘く、甘く名前を呼ばれる。
 ほっぺに、さっきまでぬるかったはずの手が添えられて。

 胸が、きゅうってなった。

 ゆっくり、近づいてきてる気がする。

 怖いかもしれない。でも、今、は。

 したい気持ちの方が強い。
 見つめ合って、離せなくて。

 近づいてくるほどに、心臓の音が大きくなってく。

 さっきまでは、こんな長くいるなんて無理、なんて思ったのに。

 今は、ずっと止まればいいと思ってしまう。

「り、あす、さま…」
「……っ」

 声は、思ったより甘く出た。

 それが、きっかけだったのかな。

「わっ…」
「はーー……」

 ぐいって腰を引っ張られて。

 顔に近づいてくるはずだったリアス様は、そのまま目の前にあったわたしの胸に埋もれてしまった。

「りあすさま」
「もう終わる」

 ちょっとだけおねだり、みたいな声で呼んだら、そう言われたので下を見る。
 目の前には、もうちょっとでプール。

 ──終わってほしく、なかったのに。

 なんて思っても、終わりはあるわけで。

 ゆっくりゆっくり、プールに着地していくボート。

「…」
「……」

 それと同時に、魔法が解けたみたいに、冷静になってく頭。

 さてわたしはなにを言ったでしょう。

 聞かなくても、数分前の言葉なんてわかるわけで。

「~~~っ!」

 さっきとは違う意味で、ぶわって体温が上がった。

「リアス様」
「何だ」
「さっき、のは…」
「しっかり聞いた」
「わすれて」
「忘れない」

 言いながら、体を離して。

 わたしに埋もれている間に落ちていた前髪を、かき上げる。

 見えた顔は。

 ちょっとだけ、獲物を見つけたような色が見える、いたずらっぽい顔。

「許可は出たわけだ? しっかり、待つ必要はもうないと」
「りあすさま」

 かきあげた手が、わたしのほっぺにまた触れる。

「次からは逃がさないからな」

 そう、笑うあなたは。

 水も滴るいい男というのを見事に体言していまして。

 首を振ること、うなずくこともできずにいるまま、離れてく。

 そうして、

「クリス? どうでした?」

 入れ替わるようにやってきたカリナには。

「…男の人でも水がしたたったらやばいです…」
「はい??」

 顔を両手で覆ってそういったのだけれど。

 珍しく「意味わからん」って声を出されました。

『夏の魔法は、破壊力抜群』/クリスティア