振り返ると、こんな日々もあったと笑う

 海の定番の口上と言えば、青い空、白い雲。

 漫画やアニメでよくある風景ですよね。

 けれど現実はそう甘くなく。

「…灰色の空…」
「薄暗い雲だな」
「さすが大荒れ直前」

 そんな都合良く素敵な風景を拝めることはなかった。

 旅行三日目、本日は予定通り海に行きましょうかと水着に着替え、ホテルの目の前にある愛原家所有のプライベートビーチへ来ました。
 天気は朝からほんの少し曇り、普段より涼しい日。あらこれはちょっとベストでしょうかと思えたのは準備の最中だけ。

 こうして浜辺に出てきた頃にはすでにどんより空でしたわ。

「こりゃ四時……三時くらいからかなぁ」
「まぁ水辺は一、二時間遊べれば十分だろう、体力的にも。降る直前に引き上げればいい」
「また予知でもするおつもりですか」
「お前は俺をなんだと思っているんだ……予知なんてできるわけないだろう」

 あなた雷の予知したじゃないですか。予知じゃないならあのとき何を聞いたの。

 なんていつもならば攻防を始めるけれど。

 本日はいつもより時が短い。

「まぁでも危険に敏感なあなたがいれば大丈夫ですよね。お願いしますわね」
「カリナさんフラグ?」
「それを建てるのはあなたでしょうよ」

 言い返したい思いはぐっとこらえ、四人、海辺へと足を進めました。

 進めたんですけれども。

「さっっっむ」
「これはなかなか想像以上でしたわっ……」

 開始一時間も経っていない頃。涼しさも相まって海は冷たく。我々双子は浜辺に上がりタオルにくるまっております。

 カップルですか?

 目の前で海ではしゃいでおりますよ、とくにクリスティアが。

「クリスにとっては最高の日なんですけれどもね……」
「リアスみたいに自在に体温いじれるわけでもないしな……」

 魔術により体質に異常をきたし、暑さに弱く寒さに強くなったクリスティア、そしてそれに合わせるように自分で自在に体温を操るリアス。そのお二人にとっては今日の気温は最高でして。

 浅瀬という限られたスペースでありながら、水を掛け合い、クリスティアがリアスにダイブすることで共に海に倒れ、何してるんだとリアスが抱き上げ……

 カップルとして大変貴重とも言える供給を見ているのにとても体が寒い。

「服取ってこよっか?」
「いえ、上着も持ってきておりますので……」

 言いながら自分用のパーカーを取り、タオルを取り去ってから着る。あぁ、少し暖かい。

 けれど夏とは言え、一度冷えた体はそんなすぐに暖かくなることはなく。歯がかちかちと音を鳴らす。

 あぁ、クリスがリアスにとても良い顔で水をかけていらっしゃる。
 写真に撮りたい。

「……」

 しかしスマホを持ってみるも手が震えているせいで物理的なブレが生じてしまう。

「寒さが憎い……」
「俺はその状態でもクリスにピントがしっかり合ってるお前が怖い」
「標準機能です」
「そのスマホクリスだけ追うようになってんの??」
「愛しい子には自然と目が行くものでしょう? ピントも同じですよ」

 お兄さま、「意味わかんねぇ」って顔しないでください。すごい心から思ってるって顔しないで妹悲しい。

「けれど好きな子は目が行くでしょう?」
「長年恋人も好きな子もいない俺に言う?」
「むかーしむかしをたまには思い出しなさいな」

 なんて言いつつ、どうせ思い返しはしないでしょうとわかっているので、少しずつ収まってきた震えの中クリスティアにしっかりピントを合わせる。

 まぁかわいい。リアスに水かけられちゃって髪が濡れてるのもいつもと違って良いですよね。少し水滴がある体もかわいい。

「クリスティアって最高ですよね……」
「カリナまじでそのため息はやばい」
「かわいいは正義です」

 レグナの言葉はスルーしながら、クリスティアをスマホで追いつつシャッターを切る。少しくらいリアスとのツーショットも入れといた方がいいですよね。あとピン。クリスが喜ぶので。

 そう、ぱしゃぱしゃとリアスに向けてシャッターを切り、二人を撮り、またクリスへ、というのを繰り返していると。

「カリナはさぁ」
「はいな」

 兄が、なにげない会話をするときのさりげなさで、聞いてきた。

「本気でクリスティア好きだったりとかはないの?」

 ちょっとスマホ落としかけたじゃないですか。

 寸ででキャッチをし、兄を見る。その顔はとんでもないこと聞いてきたくせに涼しげ。

「……わ、ワンモアプリーズ……?」

 あまりにもいつも通り過ぎるので聞き間違いかと、聞いてみるけれど。

「ここまでクリスにベタぼれだから実は本気で好きでしたってことないのかなと思って」

 あ、全然聞き間違いじゃなかった。

 言われたことを頭で処理し、しっかり考える。

 クリスティアのこと。もちろん好きですよ??
 大好きですよ愛してます当たり前じゃないですか。

 天使のような笑みはもう見れるだけでその日のテンションは上がりますし、彼女のいない日は寂しいですし。できればずっと一緒にいたいし笑顔にしてあげたい。

 いきなりかわいらしい笑顔になられたらドキッとしますし、クリスが悲しいと私も悲しい──

 ──ん?

 かわいらしい笑みにときめき、見れればその日は嬉しい、いなければ寂しく、悲しんでいると自分も悲しい……

 実は私のこの感情は恋だった????

「ってそんなわけないでしょうよ」

 ちょっとレグナおなか抱えてずいぶん楽しそうじゃないですか。もう存分に温まったようですね何よりですわ。
 バカなことを考えさせた兄の背をぺしんと叩き、再びスマホを構えて二人を追う。

「普段無表情に近い親友がいきなり笑えばどきっとしますし大好きな親友がいない日は誰だって寂しいでしょうよ」
「いやぁカリナのは端から見たらマジな感じあるから」
「普通でしょう?」
「え? どこが??」

 え??

「親友の笑顔を常に考えあの手この手で幸せにしようとするのは普通のことだと思いますけれど」
「親友の隠し撮りしたりそれで興奮するのは割とそっちの方も入ってると思うけど」
「あの子の下着姿やバスタオルを見て興奮しない意味がわからない」
「俺は正直お前が今言ってる意味がわからない」

 美織さんだったなら「わかるわ!」って言ってくれそうなのにっ。

「それに私がクリスティアの写真を残すのはリアスのためでもあるんですよ?」

 あっそうだ動画も残しておきたいんだった。最後にクリスティアの全身をリアスと共に写っている状態でスマホに収め、動画へと切り替える。

「あの子と遊んでいたらこうやって写真に収めることだってできないじゃないですか」

 ピロンと軽快な音をたてて始まった撮影の中、クリスティアを追い始めた。あぁかわいい。水着がひらひら揺れて、水滴が彼女の呪術を施された体を流れていって。

「それ鼻押さえながら言うとほんと説得力ないよね」
「失礼な。生理現象ですよ」

 かわいい子のかわいい姿を見て鼻を押さえたくなるのは当たり前なはず。お兄さま、「そんなわけなくね??」って雰囲気出さないで。

「ほんとに本気になったことないの?」
「私一応こう見えてノーマルなんですよ」
「言動と行動がここまで伴ってないのは初めて見た」

 ちょっとその自覚はありますけれども。

 やっぱさ、なんてまだ食い下がってくるレグナに。
 一度撮影は中断し、視線を兄へ。

「よほど私の恋愛対象をクリスにしたいんです?」

 私があの子を親友として愛しているなんて、昔から知ってるくせに。

 そう呆れたように言うと。

 兄は肩をすくめて笑った。

「あまりの最近の暴走具合に本気になって来ちゃったかなーなんて?」
「あら、私のクリスティアへの態度は変わらずですわ」

 そう、スマホを持ち直し。

「そうでもなくない?」

 再度撮影をしようと伸ばした親指が。

「妙に俺とリアスくっつけようとしてんじゃん?」

 ピシリ、止まった。

 機械のように振り向くってこういうことでしょうね。自分の首が軋む音を聞きながら、レグナの方に視線を向けた。
 いたずらっぽいような、

 けれどどこか見透かすような。

「クリスとくっつきたいのか、俺とリアスをくっつけたいのかはわかんないけど。でもどっちとも取れるよね」

 これは尋問スイッチ入っていらっしゃいますねお兄さま。

 段々温まってきていたはずの体温が、ひやりと少し下がった気がした。

「……なんの、ことでしょう?」
「露骨にやっててそういうこと言う?」

 え、私そんなに露骨すぎました??

 そんなことないですよね。
 五月のゴールデンウイークは一緒に寝かせようと思っていたけれど罰カードはちゃんと全員分入れたし、四月のコーヒーカップだってクリスティアとの時間を楽しみましたし。
 さすがにレグナとリアスをくっつけるためとは言いませんが、

「クリスティアと二人になるためにちょっと強引にお二人をセットにすることはありましたけれども」
「人はそれを露骨っつーんだよカリナさん」

 現代になるにつれて日本語って難しいですね。

「あとクリスティアと二人になりたいのは本音半分だよね」

 どうしよう現代になるにつれて兄の索敵能力も怖くなっている。
 人のこと言えませんけれど。心なしか背中を伝う滴があるのは気のせいかしら。雨かしら。そんなバカなことを考えながらも、

 スイッチが入ってしまった状態の、妖艶な笑みの兄から目が離せない。

 固まってしまった私を、兄はじっと見つめる。

「……」
「……」

 言わないことを肯定と取ったのか。

「ま、なんでもいいけど」

 兄は一瞬だけ、冷ややかで興味なさげな”いつもの”目をしてから、またすぐに笑う。無意識に張っていた気がゆるんで、ほっと息をつきました。

「カリナがBLにハマってようがなんだろうが」

 そして吐いた息がひゅっとのどに戻ってきた気がする。

「お兄さま」
「んー?」
「待ってくださいな」
「何を」
「え。待って? え?」

 きょとんとしているレグナ。そんなかわいらしい顔されても私の焦りは止まらない。

「びー、える、なんて、え?」
「ハマってるよね?」

 そんな当たり前みたいな顔しないで。
 どうするここはしらを切るか。行けますか私。

「どうせたまたま聞いたカップリングになんだなんだと勉強心がくすぐられて調べてみたら最高でとりあえず俺とリアスで実験しようかってとこでしょ」

 その通り過ぎて寒気がしてしまった。リアスの気持ちが一瞬よくわかってしまった。
 けれどどうしてもリアスのように潔く認めるなんて私はできなくて。

「そんなことあるわけないでしょう? 名称は知っていますが──」
「クリスー」
「っきゃーーー!!! 待ってください待ってください知ってますからごめんなさいそれだけはっ!!!」

 立ち上がりかけたレグナを急いで止める。

「……そんなにクリスに知られたくなかったの」

 違うんですレグナそうじゃないんです。

「あの男をネタにしているということをリアスに知られたくないんですお願いします」
「あ、そっち??」
「今クリスに聞いたら絶対ばれるじゃないですかそれだけはご勘弁を」
「いやこの距離ならすでに聞こえてるでしょ」

 聞こえてる?
 私の不思議そうな思いが顔に出ていたのか、レグナも不思議そうに首を傾げる。

「リアスだって耳良いじゃん」
「そうですわね」

 知ってますよ耳良いこと。レグナほどとまでは行きませんが耳良いですよねめちゃくちゃ。だからこそこそ話しても聞こえるんですよ。

 でも、

「あれって戦闘中のみですよね?」

 聞いたら、ん? って顔をされました。

 もちろん私も同じ顔してしまいますよね。

 そうして、若干嫌な予感がしてまた水滴が私の背を伝っていった気がしました。

「……普段も聞こえてるとか、そんなはずないですよね? あなただってそうじゃないですか」
「俺はまぁ、聞こえすぎるから魔術で調整してるけど」
「リアスもですよね?」

 ちょっとなんでそこで黙るんですか頷いてくださいよ。

 待ってくださいよ。

「ちょっと」
「いや、カリナまさか」
「その言葉もう聞こえてるの確定じゃないですか!!」
「何がだ」
「ひっ!!」

 突然背後から聞こえた男の声に、思わずひきつった声を上げ体をびくつかせる。

 そっと、後ろを向くと。

 あらまぁ水も滴るいい男とはこのことかというくらい、いい具合に水が滴っている幼なじみがいるじゃないですか。

 その隣には水も滴る最高な美少女が。

「クリス一枚お写真いいです?」
「お前欲に本当に正直だよな……」

 呆れた声を出しながら、レグナからタオルを受け取ったリアスは流れるようにクリスティアを拭き始める。
 せっかくの美少女になんてことをっ。

 歯ぎしりを聞いているのかいないのか、ただ単にスルーされたのかは謎ですが、リアスは「そんなことより」と言葉を続ける。

「そろそろ雨が降るが」

 そう言われ、思わず空を見上げました。

 その空は、来たときよりもどことなく明るい。

「……本当に降るんですかこれ」
「雨音がするだろう?」

 どこから??

「あーさっきから聞こえてんのそれ? ぱたぱたしてるやつ」
「あぁ」

 どうしようここの男性陣聞いてはならないもの聞いているかもしれない。
 ただまぁこの方々の天気予報は当たると知っているので。

「…降る前に、中、入る…?」
「そうした方が賢明ですわね」

 リアスに拭いてもらって水滴がなくなってしまったクリスティアにうなずく。
 少々時間が短いのは残念ですが仕方ありませんね。

「寒くないです?」
「ん…」

 軽く息を吐いてから。リアスがおおざっぱに自分のことを拭いている間に、我々は片づけへ。

 バッグを持ち上げ、レグナがビニールシートを畳み、そのまま歩き出す。

「カリナ」
「はいな」

 それを追おうとしたときでした。
 リアスに声をかけられ、振り向く。タオルと荷物交換ですか、なんて、なんだかんだ気遣ってくれる幼なじみに手を伸ばすと。

「さっきの話だが」

 男性陣の天気予報にすっぽ抜けていた話題を掘り返され、思わず体が固まる。

 しかし目の前の男は何食わぬ顔で、こう言った。

「安心しろ、普段から全部聞こえている」

 何を安心しろと??

 ていうかちょっと待ちなさいよ。

「リアス」
「何だ」
「普段から? 聞こえていると?」
「そう言っている」
「あなたあの約束どうしたんですか」
「どの」
「覚えてないです?」

 したでしょうよ昔々に。

「耳が良いのはいいことですが、部屋の中にいる女性の会話は聞くのはよろしくありませんよって」
「──あぁ」
「だからレグナと同じように魔術である程度一般的に近づけなさいよって。戦闘中はいいからと。約束したじゃないですか」

 呆れたように言えば、リアスは私をじっと見て。

「カリナ」
「はいな」

 まっすぐ私を見据えて、言った。

「俺は”善処する”と言っただけで”そうする”と約束した覚えはない」
「あなたに”気遣い”を求めた私がバカでした」
「さすがに七月の作戦会議は気を使ったが?」
「五月のフリスビーはいかがでしょうか」
「あぁ、クリスティアが蓮龍もいいと言っていたやつ」

 クリスティア、しっかり聞かれていますけれども。

 思わずクリスティアを見たら。

「…わたしにプライバシーはない」

 親指立てられて良いお顔で言われました。

 どうしよう親友が過保護により感覚が狂ってる。

「あなたがクリスティアを狂わせる……」
「お前だってクリスティアの可愛さで狂っているじゃないか」
「狂わずにいられないかわいさだからですけれども」
「俺としてはBLにハマったことで熱量がそっちにも言ってくれると助かるんだがな」

 と。
 リアスが言ったことで、もう一つの疑問が頭をよぎる。

 そうですよ。

 我々二人の会話を聞いたわけではないお兄さまが、どうやって私がBLにハマっているとわかったか。

「お兄さま」
「……」

 矛先を向ければ、苦笑いをこぼす兄。それに、にっこり微笑んだ。

「お兄さま、ここまで来たならどうやって知ったか言ってみましょう?」
「……」

 気まずそうに、視線を逸らす、

「私が気になって仕方ありませんわ、隠し本棚無事でしたし」
「さすがにものわかってて読むほど冒険者じゃないから」

 では何故? と。首を傾げたら。

「…………お前もう少し夜、声小さめに本読んだ方が良いんじゃない」

 いっちばん聞かれたくないものでばれていたことがよくわかりました。

 それあれですよね?? 寝る前にあぁ尊いこのカップリングって枕にふせっているときの話ですよね??

「いつの間に聞いてたんですかっ!!」
「いやほんとにたまたま、偶然。カリナんちに泊まったときの夜に聞きたいことあって、ね?」
「行ったら何か聞こえてそっと扉を閉めたと」
「リアス正解」
「今お兄さまの隠密をとても恨みます……」

 ホテルへと歩きながら、不覚にもばれてしまったことにため息をつく。

「別に良いじゃん、趣味でしょ?」
「いやそうですけれども……」
「俺だって女の子がいちゃいちゃしてれば楽しいし」
「私とクリスティアですか?」
「お前のはいちゃいちゃじゃなくない? ただの女の子とストーカーだろ」
「お兄さま辛辣ですわ」

 親友じゃなかったらそうなってますけれども。

「リアスだってそうだもんね」
「あれはお前が道連れにしたんだろう」
「百合…? かわいいよね…」
「待ってクリスあなたどこまで開拓しているの」
「ある程度は知ってる…リアス様が知識はあって損はないってゆったから…」

 この男数ヶ月前の私と同じ考えしている。つくづく一緒な考えで解せない。

「あなたが私のクリスティアを変えていく……」
「自ら変化しに行ったお前よりはマシだ」
「失礼なっ、同性同士の愛の素晴らしさのなんたるかも知らないくせにっ!!」
「俺はクリスティアとの愛の素晴らしさがあればそれでいい」

 あなた方の愛もすばらしいけれどもっ。

 語りたい欲をなんとか抑え、一度深呼吸。

 確かにばれてしまったのはびっくりしましたがいいでしょう。

 愛に寛容なこの方々なら否定しないのはわかっていたこと。

 そしてレグナからは「良いじゃん、趣味なんでしょ」とお言葉をもらっている。

「愛の素晴らしさを語るのはまた今度にしましょう」
「引きが早いな今日は」
「えぇ、私はさらに素晴らしいことに気づいてしまったので」
「ん?」

 ようやっと、にっこりいつものように笑って。

「レグナからも”良いじゃん”とお言葉をいただきましたので」

 相反して、男性陣のお顔がひきつっていく気がした。
 そんなこと気にもとめず。

「ここから先は堂々とあなた方龍蓮を堪能しようと思います」
「「待て!!」」
「カリナないすあいであ…!」

 そうでしょうとクリスティアだけに返し、彼女を連れて颯爽と部屋へ向かっていく。

 後ろで男性陣が騒いでいるけれど。

「♪」

 降り出した雨によって、その声は私には届きませんでした。

『このあと親友と語っていたらいつの間にか四人になっていました』/カリナ


 夜。
 吹き荒れる風の音で、目が覚めた。

「……二時半……」

 スマホの時計を見れば、午前二時半を少し過ぎたところ。同じベッドで眠る妹や、その隣で金色に抱きしめられてる水色を見るもすよすよと夢の中。
 そこからほんの少しだけ開いているカーテンの外を見れば、風は吹き荒れ雨がすごい。

 よくもまぁこんな大嵐の中で眠れるもんだと、息を吐いた。

 妹を守るためにといつからか強化された耳の良さを今だけは呪う。

 こうもうるさいと耳栓しないと眠れないけれど。

「……忘れたんだよな確か……」

 ここまで荒れるというのは正直想定外で。静かな場所と聞いていたので愛用している耳栓は家に置いてきていた。さすがに耳栓一つに家にテレポートというのも気が引けるので、頑張って寝ようかと決めてからひとまず喉を潤すためにベッドを降りた。

 備え付けの冷蔵庫に入れた俺の飲み物を取って、静かに開けて二口ほど口にする。

「……」

 少しだけさっぱりした気分にほっと息を吐いて、ベッドの方で布のこすれる音を聞きつつ飲み物は持っておこうかと手に持って。

 さぁ睡眠との戦いだと、振り返ったら。

「うぉびびった」

 先ほどまで夢の中だったはずの水色の少女が、ホラー映画よろしく髪をだらっとさせて起き上がっておりました。
 さっきの布の音起き上がる音だったんかい。

 思わず跳ねてしまった心音を落ち着かせながら歩いて行って。

 その少女に声を掛けることはせず、ベッドに入る。

「どうした」

 リアスが声を掛けると知っているから。
 案の定、優しい声でクリスティアに声を掛ける。ちらっと横目で見たら、髪の毛で覆われてるクリスティアの頬にリアスが手を伸ばしてた。

 こういうときのリアスの声って結構優しくて落ち着くので、クリスティアと一緒に寝かせてもらうことを決め。
 とりあえずもう一口飲み物を飲もうと、閉めたばかりのペットボトルのキャップを開ける。

「んぅ…」

 そうして傾けて、俺の口に入ってきた飲み物は、

「たろー…?」
「ごほっ」

 見事に水色の少女によって外にはじき出された。あぶねなんとかベッドにこぼれるのは阻止。あっでもいってぇ気管入った。

 待ってリアス何でそこで俺睨むの?? 俺悪くないじゃん絶対。吹き出したのクリスのせいじゃん。けれどそれは咳込んでしまって言えず。リアスは呆れたように息を吐いてから、クリスティアに向き直った。

 まだぼうっとしてる少女は、目の前にいるリアスにすり寄って。

「たろー…」

 なおもリアスをたろーとおっしゃる。

「俺はたろーではないが」
「じろー?」
「じろーでもない」
「さぶろー…」

 だめだ腹筋痛くなってきたかも。

 心なしか隣で夢の中にいたはずの妹も震えてる気がする。お前起きてんな??

「しろー…」

 そんな震え始めてる双子に構わず、クリスティアは譫言のように名前をこぼす。
 大丈夫クリス、ポーンの山でも見えてる??

「たろーもじろーもさぶろーもしろーも置いてきた」

 墓場に??

「…」
「……」
「…ろくろー?」

 おっとごろー飛ばしちゃったよ。

 やっべぇ腹筋超痛くなってきた。カリナさんふふって聞こえたからな俺。

「んぅ…」
「だいぶ夢見心地だなお前は……」

 だいぶ夢見心地でもリアスって判別しないのはちょっと珍しいけど。若干にじみ出てきた涙を拭いながら、クリスティアを改めて見る。

 ただ、髪の毛がだらっと顔を覆い被さっているので正直はっきりとは彼女の顔が伺えない。

 ん?

 だらっと? 顔を? 覆い被さっていて?

 あっクリスティアさんもしかして髪の毛のカーテンでリアスのこと見えてねぇな?? そりゃ名前間違えるわ。笑いはこらえながら。

「リアスカーテン開けてあげなよ」
「ん?」

 なんて言ったら当然のごとく窓のカーテンをシャッと開けるわけで。

 違うごめんミスった。

「ごめん違う」
「何だ。外は大嵐だが?」
「外じゃなくて。クリスの髪」
「髪?」
「恐らくクリスティアの髪が目にかかっていてあなたが見えないんですよ」
「──あぁ」

 カリナの補足にようやっとリアスは納得して、そっと水色のカーテンを開けた。

 こっちからも見えるようになった蒼い瞳は、突然はっきり見えるようになった視界にちょっとだけうろうろして。

 そっと目をあげて、リアスを確認。

「りあすさま…」

 瞬間、ふわりとした雰囲気でその顔がほころび。

 同時にぱしゃってシャッター音が鳴りました。言わずもがな目の前の妹ですね。
 夢見心地でそんな音に気づかないクリスティアは、発見した大好きな人に甘えるようにすり寄る。それをリアスも愛おしそうに受け入れて。

「もう寝ろ」
「んぅ…」
「お休み」
「すみー…」

 優しく言いながらトントンと子供をあやすように背を叩き、秒でクリスティアが寝落ちました。

「今だけはその寝落ちの早さうらやましいわ……」
「寝かしつけてやろうか?」
「あ、お断りします」

 地獄絵図にしかならない。

「レグナ」
「んー?」

 けれど親友は、何故か俺を手招き。

 えっまじでやんの??

「何……?」
「眠れないんだろう?」
「いや俺お断りしたいんだけど」
「私は是非お願いしたいですわ」
「カリナさん良い子は寝る時間だよ」

 言いながら、リアスがこっちに来いと言う圧を抑えてくれないのでおそるおそる歩いていく。

「ほら」

 一瞬布団まくる気かと身構えたけれど、リアスは俺に向かってグーを差し出すだけ。え、待って何まじで怖い。

「やる」
「何を……?」

 そっと、その手の下に器を作ると。

 ころんと落ちてきたのは、

「……耳栓」
「忘れたんだろう。それ使え」

 え、さりげなく聞いてたのあれ。イケメンかよこいつ。

「やばいちょっと初めてお前にときめいたかもしんない……」
「……この一万年でもう少しくらいあっただろう……」
「待ってね探してみる」
「いらん。それつけてさっさと寝ろ」

 そうして用は済んだとばかりにクリスティアを抱えて布団に入っていくリアス。やばいこれはほんとにときめくわ。

 ただね。

 さりげなく布団の中からそれを構えてる妹へ。

「写真はいただけないなマイシスター」
「ご安心ください、動画です」
「なんでお前動画は安心だと思うの」

 もっとだめだよ。

 耳栓をつけながらベッドへ戻り、カリナに背を向けて横たわる。音がだいぶ遮られた中で、カリナの声が遠くに聞こえた。

「あらもう寝てしまうんです?」
「言ったでしょ、良い子は寝る時間」
「ごろーさんの行方気になりません?」

 そんなこと言うと気になり始めるだろ。

「やめてカリナ明日にお願い」
「夜はこれからですのに」

 そう言いながらも緩く布団が引っ張られる感覚があったので寝るのがわかった。
 それに、俺も目を閉じる。
 静かな空間、ぬくい布団の中。

 あぁ、今度はゆったり眠れそう──。

「……」

 けれどなんとなく脳裏に浮かぶのは、さっきのカリナとクリスティアの言葉。

 結局ごろーは何者でどこに行ったのか。

 あっだめだこれ考え始めたらもんもんとするやつ。
 俺は寝たい。

 というわけで。

 そっとベッドを出て、リアスの目の前へ。俺の気配に気づいた親友はすぐに紅い目をのぞかせた。

「リアス」
「何だ」
「さっきポーンのごろーだけいなかったんだけどどこ行ったの」

 一瞬俺が何言ってるのかわかんなかったのか、眉間にしわを寄せて。数秒後、納得したように「あぁ」と声を出す。

「あれはポーンじゃない」
「同姓同名の方がいらっしゃるんです?」
「性別は知らないが」

 えっ名前的に全員男なんじゃないの。

「あれはもふもふファミリーにつけた名前だ」
「もふもふファミリー……」

 あれかクリスティアがかわいがってるでかいぬいぐるみ集団。たまに衣装直すやつだ。

「ごろーは?」
「ごろーはもふもふ仲間として契約ビーストの冴楼が入っている」
「あー……」

 確かに腹の部分すっげぇもふもふしてたかもあいつ。クリスにとっては最高なんだろう。
 ごろーが判明したことでようやっと納得して、立ち上がる。

「納得した。ありがと」
「あぁ」

 ベッドに潜り、今度こそ目を閉じて。

 そういえば、と。

「……」

 クリスティアのもふもふファミリーにいるやつらの名前ってしばらく前は違ってなかったっけという新たな疑問がやってきたので。

 結局そのまましばらく眠れませんでした。

『そして思い出した名前は”さぶろう”シリーズ』/レグナ