楽しさの中に、ときに悲しさも忍ばせて

 愛しい恋人のためにと、包囲されたのもあるがなんとか頑張って頷いた旅行。

 四日目にして、正直とても気が気じゃない。

 来た日は車にはまぁ酔ったが別に問題なかった。この一週間は基本海やプール。濡れている肌は風呂で、水着は下着で見慣れているし、言ってしまえば過去何度か水着なんて見たのだし。いつも通りまた長くもなんだかんだあっという間な一週間なんだろうと甘く見ていた。

 それが初日で崩された。

 クリスティアが、キスがしたいと言った。五月のようにしたいとは思っているから待っていてだとか、夏休み初日のような俺からのを受け身状態で、というようなものでなく。

 自分から。

 しかもそれを言うクリスティアが大層色っぽくて。

 水に濡れた肌も、水着も見慣れていたはずだったのに。

「♪、♪」
「……」

 今では若干、あまり直視できないでいる。

 四日目の夕方。本日は昨日の大嵐など嘘のように快晴だった。天気だけならよろこばしいものの、クリスティアは魔術による体質異常を起こして夏は少々弱い。本来ならば外にすら出さないけれど。窓から外を羨ましげに見ているクリスティアにどうしても胸が痛くなり、水辺だし夕方ならば涼しいし、なんなら良い景色も見れていいのではと珍しくカリナ並の良い案を出して、四人で海へやってきた。

 そして自身で出した案をすぐに後悔した。

 少しまぶしいくらいの夕日。見慣れた青とは違って少しオレンジ掛かった海。浅瀬という限られた範囲の中だが、その中でも嬉しそうに笑って水遊びをする恋人。

 その顔は、夕日の効果か妙に大人っぽく感じる。

 普段なら愛おしいだけの感情で済んでいたのに。

 ウォータースライダーを思い出して、心が少し落ち着かない。
 もしも、次あんなことが起きたら──。

「リアス様ー?」
「!」

 なんて考えに至りそうになったところで、クリスティアから声がかかった。反射的に顔を向ければ、不思議そうなオレンジ掛かった蒼と目が合う。

「体調、へん?」

 ぼーっとしてたと言われて、己の格好悪さに口元を覆った。

「……そういうわけじゃない」
「不安?」

 パシャパシャ水音を立てながら俺の元へ駆け寄ってくるクリスティア。今だけはそのきれいめな顔が憎らしい。

 体が少し水に濡れて、困ったように見上げられたら心臓が跳ねるだろう。

 やめろ腰に抱きついてくるな。今だけはまずいから。

 けれど当然言葉にしなければそれは伝わらず。心配そうにクリスティアは俺を見上げるだけ。
 その顔に、体に。邪な思いがわき上がってくるけれど。

 視線をずらした先、腹の部分に当たりそうで当たらない胸にすっと冷静さを取り戻せた。

 顔が変わったのか、クリスティアが首を傾げて聞いてくる。

「…へーき?」

 それに、頷いて。

「お前の控えめな胸に感謝した」
「心配したわたしがばかだった…」

 心底呆れた顔をして離れていくクリスティアの後を追う。
 向かう先には、水遊びではなく貝探しをしている双子の姿。

 待てお前今あったこと言うつもりだろ。

 バシャバシャ大きく水音を立て、クリスティアの腕を掴んだ。

「ストップだクリスティア」
「これはカリナ案件…」
「せめてレグナにしてくれカリナは殺される」

 社会的に。
 けれどクリスティアはぐいぐい俺の腕を引く。負けじと足に力を入れて彼女が歩くのを阻止。

「待てクリスティアっ」
「リアス様もレグナも、胸のことになると、デリカシー…ないっ」
「お前だって堂々と胸の話はするだろうがっ」
「わたしはあるもの、をっ、あるって、ゆってる、だけ! 控えめだけど、ちゃんと、あるっ!」

 ぐぐぐとお互いに引っ張り合って攻防。持久戦に弱いくせに瞬間的な力だけは強いからここぞというときに引っ張られ完全に阻止できない。

「おっまえ何でこうも力だけは無駄にっ……!」
「わたしは、かよわい、おんな、の子っ!!」
「これのどこがっ、か弱い女だっ……!」

 三十センチ近く違う男に腕を引っ張られて踏みとどまれる奴をか弱い女だと認定してたまるかっ。

 二人して腕を引っ張り合い、ついにはクリスティアもその場に踏みとどまるようにしてこちらを向いて俺の手を両手で持ってくる。思い切り引きたい気持ちは十分あるがこっちが力を入れた瞬間を見抜いて向こうも力を入れてくるのでどうにもできない。

「これが魔術ならリフレインして引き寄せられんのにっ……!」
「ちからよわいからって、そんな、ずるしちゃ、だめっ…!」
「地でこの力出せるお前の方がよっぽどずるいわっ!」

 遠くからなにしてんのリアスーとのんびりした声が聞こえるが今はそれどころではない。

「クリスティア、いい子だからそろそろこっちに、来いっ……!」
「リアス様が、ちからゆるめれば、いいっ…!」

 そうするとお前が派手に転ぶからやらねぇんだろうが。

 俺も両手で応戦し、引いては引かれの攻防が続く。夕方、水辺で涼しくなっているはずなのに体がめちゃくちゃ暑い。心なしか汗もかいているし息も上がっている気がする。

 ちらりと目の前を見れば、それはクリスティアも同じようで。

 ぜぇはぁ良いながら恨めしげにこちらを見ていた。我ながらムードの欠片もないがおかげで邪な思いは吹っ飛んだので今だけは感謝することにし。

 だんだん力が緩くなっているところを見かねて、軽く力を抜いた。

「わっ…!」
「、と」

 引っ張りあいの最中。力を緩めれば相手は当然向こうに倒れるもの。それをすればクリスティアが転ぶ未来は見えているので、緩める力は最小限にしてすぐさまその腕を引っ張ってやる。

 力が抜けたところで思い切り引っ張ってやれば、その軽い体はさっきまでの攻防が嘘のようにこちらへ傾いた。

 そのままいつものように受け止めようと腕を広げる。
 小さな恋人は引っ張られるまま俺の腕の中にダイブ。

「わ、わ…」
「!」

 してきたはいいものの、思いの外勢いが余ってしまったようで。

「やべっ──」

 いつもなら受け止められるその突撃に足が耐えられず。

 それはもうバシャンと、大きな水音を立てながら背中から水面に倒れ込んだ。

 水面に叩きつけられると何故こうも痛いのか。特有な痛みに顔を歪めつつも、すぐさま肘で体を支え、クリスティアへ。

「おい平気か」
「んぅ…」

 胸元に収まっている恋人は少しだけ額を抑えてはいるがなんとか無事な様子。それに、ほっと息を吐いたのもつかの間。

「…」

 目の前の光景に、息を飲んだ。

 水に濡れたきれいな肌。顔に張り付く髪。痛みからかほんの少しだけ潤んだ瞳。

 滴る水は、彼女に自分のものだと言うようにつけた呪術を這うように流れていく。
 ただ見るだけならまぁ、なんとかまぁと思えただろう。

 今はその彼女が密着している。慣れているはずなのに心臓が高鳴るのは何故なのか。

「……っ」

 少し目をそらした先は、先ほど冷静を取り戻させてくれた胸元。けれど今は、煽る要因にしかならない。
 俺の腹に触れるか触れないかの距離にいる控えめな膨らみ。俺が起こしたときに少し背を沿ったからか、妙に突き出されているように感じた。

 昼間だってきっとこうなっていたらきついのに。

 夕日は彼女を少し大人っぽくしていて。

 どうにも視界に悪い。

「リアスー…?」

 声もどことなく甘くて。

 手を出したくなる。

 けれどここで手を出せば五月の二の舞。せっかく初日に、もう待たなくても良いと許しをもらったのに、これではまた手を出せなくなる。

 それはいただけない。

「!」
「はーー……」

 無意識に伸びかけていた手を何とか操作してクリスティアの腰を引き寄せる。不思議そうにしていたので恐らくまだ嫌な目はしていないんだろう。ただ彼女の色っぽい顔をこれ以上見ていてはまずいというのも自覚はあるので、肩に顔を埋める。

「へーき…?」
「気が気じゃない……」
「不安…?」

 心配そうな声に、肩に顔を埋めたまま首を横に振って。

「口づけがしたくなる」

 小さくこぼした言葉に、小さな方が跳ねた。

「な、んで…いきなり…」
「お前が初日にキスしたくなったとか言うからだろう……意識もする」

 しかも。

「恋人の色っぽい姿を見たらなおさらな」

 風呂場で慣れているはずなのになと笑えば、クリスティアは一度俺にすりよってから。

 身を離す。

「クリス」
「…」

 俺の目を見て拒絶されないかと不安になったが、膝立ちになって見上げる形になった蒼い瞳からはとくに恐怖は感じられず。

 少し恥ずかしげながらも、笑っていた。

「……クリスティア」
「…」

 するりと首に回っている腕は、どことなくぬるい。

 見上げた顔が少し赤いのは、夕日のせいか。

 きれいなその顔に見とれている間に、小さな口が開いた。

「…ふたりして、」

 ”夏の魔法にかかっちゃったね”。

 触れられた左胸の中に眠る心臓が高鳴る。こくりと喉がなったのは、仕方のないことだと思う。

 普段は子供なのに、いざというときに大人になる彼女に、そっと首に手を伸ばしたけれど。

 その手は、小さな手に捕らえられた。

 そうして、ゆっくりと頬に添えられる。

 触れたい、引き寄せたい。このまま、思い切り。

「…ぁ、の…」
「ん?」

 いつもの聞き返しは、思っていたより甘く出た。期待しているような目を下から覗くように、腰を緩く引き寄せる。

「…」

 照れたように目を右往左往させるクリスティア。それが今、心底愛おしい。怖さもないのか、引こうともしない。

 触れていいだろうか。このまま、近づいても──

 手を。頬から首に移動させようと、したところで。

「りあす」

 甘く、名前を呼ばれた。もどかしいけれど、彼女に応えることは忘れない。

 何だと言うように目を見れば、今度は俺をしっかり見て。

 困ったように眉を下げて。

 紡ぐ。

「じ、自分から仕掛けて、あれ、なんだけ、ど…」
「あぁ」

「ふたり、っきりの、ときが、ぃぃ…」

 顔を真っ赤にしながら言うクリスティアの言葉を反復するように、

「ふたり……っきり……」

 そう、こぼして。

「!!」

 一気に冷静さを取り戻した。

 それと同時に感じる水の冷たさ。見える視界。ここは貸切といえど海という公共の場で。

 少し先には、ゆったりと歩くフリをして俺達からなんとか離れようとしている双子が。

 やってしまった。

 体を離して、情けなさに顔を覆う。これだと見境がないみたいじゃないか。

「悪い……」
「こちらこそ…」

 指の隙間から見た恋人は、照れくさそうに視線を逸らしていた。ただ、何か言いたげでもある様子。

 それにどうした、と言おうとしたところで。

 クリスティアが、意を決したようにまた俺を見た。

 手で口元を覆うようにして、彼女の言葉を待つと。

 そっと、俺の手を覆うように手を伸ばしてきて。

 いつものように、こつりと額を合わせる。

 あぁ自分の手がなければこっそりと口づけができたのにと思うけれど。

「…リアス」
「うん?」
「…が、がんばる、ね…」

 控えめだけれど、確かにそう言った彼女に打ち抜かれて。

「……待っている」

 結局恋人に甘い俺は、もう少しの辛抱だと言い聞かせて、そういうしかできなかった。

『夏の魔法は恐ろしい』/リアス


 夕日の中で海を楽しんだ後。晴天だったおかげか星もきれいな夜。
 上が天窓になっていて空がきれいに見える大浴場。

「……」
「……」

 そんなロマンチックな大浴場で何故俺は親友と肩を並べて風呂に入っているんでしょうか。

「……こういうときだからこそクリスティアと風呂入ればいいのに」
「……気が気じゃない」
「いいじゃん風呂なら二人きりじゃん」

 あ、やべリアスの顔が「お前聞こえていたのか」って顔してる。

 そりゃ聞こえるよ耳良いもん。なんなら全部の会話聞こえてましたよ超いたたまれなかった。

「……テレポート、しようとは、考えたんだよ」
「ほう?」
「でも絶対さ、ほら、魔力は感知するじゃん? お前魔力とか敏感だし」
「そうだな」
「なんとかゆっくりゆっくりカリナ誘導してその場離れるしかできなかったよね」

 しかもカリナさんクリスティアに関しての異常な察知能力あるから引き剥がすの超大変だった。なに「クリスティアが素敵な予感がします」って。ドンピシャすぎて引くわ。後ろで確かに素敵な予感になってたよ。

 そこはとりあえず置いといて。

 湯船に浸かった親友は、参ったとばかりに両腕でおおきな浴槽の縁に寄りかかる。

「……毎回タイミングが悪い」
「カリナの?」
「お前の妹は恐ろしいくらいにタイミングがいい」

 言っといてなんだけど俺もそう思う。

「もうちょいなのにね」
「……」

 黙ったリアスに、浴槽の縁に肘をついて首を傾げた。

「なに、どしたの」
「……このまま行けると思うか?」

 キスのこと。はっきり言わなくてもそのことだとわかった。
 紅い目は若干不安そうな顔。

「……行動療法は、本来”怖い”と思うものに対して克服していくものだろう」
「そーね」
「クリスティアが当てはまるようで当てはまらない」
「……」

 キスが、スキンシップが怖いのは確かだけれど。

 根本の理由かと言われれば、正直首は傾げてしまう。

 けれど。

「確定なことは言えないけど」
「ん?」
「大丈夫っちゃ大丈夫なんじゃない?」

 汗で張り付いた前髪を手でかきあげて。

「いつもみたいに上書きしてけばいいだけだよ」

 やり方を間違わずに。

 そう、言えば。
 リアスは息をついて、頷く。

「……まぁ、そうなんだがな」

 それでも少しだけ不安げになってしまうのは──。

「リア──」
「リアスー? レグナー?」
「「!!」」

 声を掛けようとしたところで聞こえた妹の声に、二人して肩を跳ねさせた。
 後ろを向いたら、大浴場のくもったドアに影が映ってる。

「カリナ!?」
「はいな、カリナです。お二人で楽しんでるところ大変申し訳ないんですけれども!」
「全然そういうんじゃないから平気だけども! なに!?」

 今日はリアスがちょっとあれだから別々にしようねって話で部屋にいたはずなんだけれど。
 聞けば、カリナは珍しく本当に申し訳なさそうな声をして。

「クリスティアがちょっと寝そうでして! たぶんあなた方が上がる頃には落ちそうなんです! 普段ならいいんですけれどもさすがに海やプールに入った日はよろしくないかと!」

 言われて、リアスを見た。
 さっきまでの不安げな様子は隠れて、いつも通りの紅い目がうなずく。

「いいよー、俺らもう洗ってるし」
「ありがとうございます!」

 そう、助かったと言わんばかりの声で言うカリナが、ドアに手をかけた。

「お前が過保護だから勝手にシャワーも浴びせられないのが難点だね」
「まぁ、あの女が前に言ってたように四人でも入れるんだから別に──」

 そこまで言ったところで、思い出す。

 カリナさん確かに四人で入っても同じって言ってたよね。でもなんかあれ、条件なかったっけ。

 水着を着てたら、みたいな。

 俺とリアスの格好は?

 もちろん裸じゃないですか。

 ちょっと待った。

 カラっと音が鳴った瞬間に勢いよく二人で立ち上がり、手元にあるバスタオルを手に取って腰に巻く。

「カリナストップ!!」
「はい!?」
「ちょっと待ってて今はまずいから!!」
「あ、もしかして水着の件です? 大丈夫ですあなた方は浴槽に入っていてくれれば」

 それに、と。

「私は水着着ているので問題ないです!」

 待ってクリスティアは??

「抱っこしてて腕もちょっと限界なので入ってよろしいです?」
「よろしくないです問題解決してない!!」
「お前クリスティアの服はどうした!!」
「脱がせましたけど?」

 違うリアスが聞いてるのそっちじゃない。

「水着は!? クリスの水着!!」
「水着……あぁ」

 なにその「あぁ」って。
 忘れてたっていう「あぁ」?

「大丈夫です大丈夫です、とりあえず腕やばいのでお風呂行きますね」
「カリナさん!!」
「状況説明をして落とすのとひとまず入ってご自身の目で確認するのと違うので」

 早口で言って、勢いよく扉が開いた。

 湯煙の中見えたのは。

 水着を着たカリナと、その妹にだっこされてる、

 水着を着たクリスティア。

「着てんじゃん!!」
「すみません、腕の辛さとクリスティアの寝落ちしそうなかわいさで魔力結晶で作りましたというのがすっぽ抜けました」
「魔力結晶でまとわせたのか」

 なんとか緊急事態を回避したリアスが、先に落ち着きを取り戻して腰にタオルを巻いた状態でカリナの方に歩いてく。それに息を吐いてから、リアスに着いていく。

「さすがに寝落ちしそうな子を裸にさせたりなんなりはいけないことをしている感覚だったので」
「普段の盗撮はいけないことしてる自覚はないんだ?」
「立派な愛情表現ですから」

 立派な犯罪だよ。

 そんな俺の心の声など届くはずもなく。リアスにクリスティアを渡して、カリナは畳んである何かを俺に渡す。

「なにこれ」
「緊急事態とは言えど恥じらいをお持ちのあなたは気まずいかなと思いまして。水着も一応持ってきました」
「恥じらいを持ってないリアスには?」
「クリスティアの前で大変な事態にならないよう持ってきました」
「俺も一応恥じらいはあるからな」

 水着をひったくるように奪ってリアスは一度洗い場へ。
 クリスティアを座らせて、ついて行ったカリナに任せてから帰ってくる。

「とりあえず着替えよっか」
「あぁ。あの女がクリスティアに変なことをしないうちにな」
「あなたに変なことをしてあげましょうか?」
「ごめん被るこの変態め」

 そういう捨てゼリフ言うからカリナがほらああやって狩りの目するんだよ。

 おもしろいので黙って一旦脱衣所に戻った。

「そういえば見事に水辺ばっかりだったね」

 着替えて再び浴場へ。カリナとリアスがいがみあいながらクリスティアを洗ってるのを見つつ、洗い場の近くの風呂に浸かりながらこぼす。
 それに、少しだけ覚醒しはじめたクリスティアが頷いた。

「たのしかった…」
「ラストの明日はどうすんの」

 ほんとに楽しそうに微笑むクリスティアに顔を緩めてから、主にカリナに向かって尋ねる。丁寧にクリスティアの髪にトリートメントをしつつ、んーと声を出した。

「夜にやりたいなということがあるんですよ」
「百物語…?」
「ろうそくの用意がありませんので却下ですわね」

 あったらやるの?? なんて視線はスルーして。

「花火をしようかなと」

 すげぇ予想外の案が出てきてしまった。

「初耳なんだが」
「大丈夫ですリアス、初めてでも過保護でも楽しめる仕様となっております」

 目を輝かせながら言うカリナに諦めと呆れの視線を送りながら、クリスティアの体を洗い終えたリアスは一足先にさっと自分に付いた泡を落として俺の方へ。

「傍に来ても俺はカリナの案の回避はできないけど?」
「お前がカリナの案に対して回避しようとしたことなどほとんど見たことがないが?」

 笑い合って、シャワーでトリートメントと体の泡を落とし始めるカリナに視線を向けた。

「本当ならお風呂上がってから見せようと思ったんですけれどね?」
「花火セット…?」
「えぇ、作ってもらったんですよ」

 作ってもらったんですよ?

「え、打ち上げ花火?」
「さすがにビーストの許可なく盛大な花火はできませんわ」

 ということは?

「お前手持ち花火を作ってもらったと?」
「えぇ、過保護でも楽しめる仕様で」

 にっこり笑ってシャワーを切ったカリナが、

「その花火、火も使わずにできるものなんですよ」

 またとんでもないことをおっしゃいました。

「実物見た方が早いんですけれどね。とりあえず、リアスが懸念するであろう火や熱さ、それらをすべて取り払ってもらいました」
「お前の妹はおもちゃメーカーの養女だったか?」
「いや愛原家って生活家電系メインにしてるはずなんだけど」
「生活に必要でしょう」

 花火が??

「詳しい使用方法などは明日きちんと実物と一緒にお見せしますわ」

 体を洗い終わって、カリナは目が覚めたクリスティアと一緒に風呂へ。俺とリアスは縁にもたれ掛かりながら、四人向かい合うようにして暖まる。

「ひとまず火の代わりになにを使うか聞いても?」
「電気を使っております」

 ここで生活家電要素出してきた。

「ボタンを押すと発光しまして。要領はペンライトですわね。一定時間すれば消える使い捨て仕様に」
「カリナは将来発明家にでもなるの?」
「あらあら、なるとしたら舞踊かお花屋さんですわ」
「割と真逆な方向行ってるけど??」
「花屋なら新しい品種だとかよくわからんギミック入れただとかやりそうだけどな」
「お店にもいろんなギミック入れてそう…」
「クリスティアが来店したら防犯カメラがクリスしか追わないとか」
「私が不審者みたいじゃないですか」

 笑いながら言ってるけど現時点でだいぶ不審者だよ妹よ。

 呆れた目線をやりながら、ふと。

 リアスへ。

「リアスはあんの?」
「ん?」
「将来なるとしたらーっていう職業」
「俺達に将来の話をするのか?」

 楽しげに笑うリアスに、俺も笑う。

 確かに、大人にはなれない俺たちだけど。

「笑守人だって飛び級あるんだし、もしかしたら高校生とかやらないで就職とかもすることだってあるかもしれないじゃん?」
「異種族が仲良くなればあるかもしれませんわね。種族もなんでも明かせるようになれば肉体年齢関わらず就職できそうですわ」
「そしたら俺は医者とかがいいなー。笑守人の実技結構興味深くて好き」
「クリスは好きなことを自由にやっていそうなイメージですね」
「やってみたいことは、いっぱいかも…」

 ヘアメイク、お義母さんの研究員、お裁縫……指折り数えながら言うクリスティア。もちろんそれはリアスの傍で、っていうのはわかりきっているので聞くことはなく。視線は再びリアスへ。

「で? リアスは?」
「将来か……」

 律儀な親友はなんだかんだ真剣に考えていたようで、空を見上げていた。

 そうして数秒、お湯に目を落とす。

「建築家だな」
「えっ意外」
「そうか?」
「専攻もそういうの入れてないしそんな興味ないかと思ってた」

 授業はクリスティアに合わせてるっていうのもあるけれど。
 そんな意外な親友は、癖の爪いじりをしながら言う。

「まぁ特段建築自体に興味があるというわけでもないが」
「でもなるとしたら建築家?」

 うなずいて。

「セキュリティ万全のクリスティアとの家が作れるだろう」

 あ、全然意外じゃなかった。通常運転だった。

「リアスが作れるなら私の花屋も作ってくださいよ」
「お前のものはギミックがめんどくさそうだから嫌だ。レグナの病院なら作ってやる」
「お、まじでー。機材いっぱい置きたいから大きめにね」

 なんて、むくれたカリナと相反して笑う。

 こんな話をしても、きっと訪れることなどないと知ってはいるけれど。

「クリスは家にアトリエほしー…」
「なんならみんなで遊べるゲーム部屋作ってよ。あと書庫」
「お前入り浸るつもりだろう」
「お泊まり用に広い寝室作りましょうよ、ベッドはダブルベッド二つで」
「「嫌な予感がするから却下」」

 どんなに遠くなっても、そしてどんな形でもいいから。

 いつか一つでも叶いますようにと。

 見上げたときに流れた星に、そっと願っておいた。

『来るはずもない”いつか”に、想いを馳せて』/レグナ